新化学化社会論(村田逞詮、T.Murata)

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zoom RSS 学際論講義(06年春季向け)・プロローグ

<<   作成日時 : 2008/12/13 20:49   >>

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 政治には国境が有るが、経済には国境は無い。
 国境を意識した政治、軍事がいかにナショナリズムを説いても、ボーダレスで大きく成長・発展する産業経済に矛盾し、その巨大な実体を前にして、その叫びは徒労に終わる。

 この先、アジアで大きく成長・発展する産業経済は、日本の政治にも、ヒューマニズムを求めている。

 所詮、ナショナリズムは民族エゴであり、どうあがいても、全人類的なヒューマニズムには勝てない。

 全人類的なヒューマニズムに立脚してこそ、平均的な日本人が情緒的にあこがれている“西欧”(西欧が確立した文化・文明)に、外見的な模倣を超えて、真の意味で成れる。

 国際的孤立を承知で進められ、先鋭化するナショナリズムも、所詮、現米国政府が許容する範囲で終わろうが、戦前を美化する無益な世論形成の付けを子孫に残す愚は避けたい。

 戦前の愚も、英米のお目こぼしの範囲内で進められ、その範囲を逸脱し英米の逆鱗に触れて費えた事、忘るべからず。

 現今でも、度を超したナショナリズムの高揚は、やがて、平均的な日本人が情緒的に頼みとする米国の知性、人道的正義観からも拒否されるだろう。

 中国、韓国を始めとするアジアの被害者を念頭から排し、国益を掲げて正当化した戦前の愚においても、対米戦争の真の敗因は、両国間の産業経済力の歴然たる差である。

 現今の日本のナショナリズムは、言葉上の矛盾はあっても、暗黙知として米国頼みにならざるを得ないが、その米国の現今の経済力は、かつてのような産業経済の価値を創造する力、即ち、生産力では無く、その価値を消費する力、即ち、消費力である。
 [注、執筆日時:2005/11/29]

 国際経済において、米国は消費者であり、生産者は誰あろう? 中国である。

 国際社会の上部構造たる国際政治のヘゲモニーは、従来的な政治力学の慣性力で、依然として米国が握っているが、その下部構造たる国際経済のヘゲモニーは中国が握りつつあり、米国支配の上部構造の政治力学的安定性も揺らぎ始めている。
 [注、執筆日時:2005/11/29]

 テレビ朝日のサンデープロジェクト(05/10/30)の特集が報ずるように、もはや、“米国経済は人民元の大幅な切り上げに耐えられない”のである。

 人民元が切り上がれば、中国の対米黒字が減り、それに伴う中国のドル買いが減速し、米国資金市場は自ずと引き締まり、低金利政策の維持が困難となり、米国経済の牽引力である、資金のダブツキに依拠する住宅バブルがはじけるのである。
 
 そして、未曾有の不良債権が生じ、その余波で米国財政の破綻すらあり得るのである。
 [注、執筆日時:2005/11/29]

 また、人民元が切り上がれば、全世界で展開されている中国による資源の買い漁りが加速し、原油が高騰し、米国経済はここでも大打撃を受けるのである。

 米国は、軍の意向がどうであれ、経済的には、もはや、中国と敵対するわけにはいかないのである。

 従って、日本の現政権も、対中二国間の経済面の損得勘定からの判断のみならず、親米的“おもいやり”から判断しても、もはや、中国と敵対するわけにはいかないのである。

 時代は移り、米国、日本に限らず、西側先進国の、国内での「工業化社会」、即ち、従来的な“モノつくり産業”は、もはや、成熟期、爛熟期を超え、歴史的終焉に向かっているのである。

 従来的な“モノつくり産業”の舞台、引き続く「工業化社会」の世界的な発展・成長の舞台は、既に、中国、旧東欧に移っているのである。

 その大半が従来的工業技術に依拠する軍事技術も、然りである。

 先進国の歴史的役割は、「工業化社会」に代わる「次世代社会」を構築することである。

 実は、日本でも展開されているIT産業の興隆が、「次世代社会」を準備しているのである。

 現今のIT産業の興隆は、「工業化社会」以前の商業資本の興隆とアナロガスである。

 つまり、現今のIT産業の興隆は、「市場経済」、即ち、『「工業化社会」を準備し育成した“場”』 を止揚する「インターネット経済」、即ち、『「次世代社会」を準備し育成する“場”』を構築するものである。

 即ち、現今のIT産業の興隆は、「工業化社会」を止揚する「次世代社会」を示唆するものなのである。

 IT産業の商品たる“コンテンツ”は、近未来に、その主流が現今の娯楽・趣味の分野から、「次世代社会」を準備する創造的な産業技術分野の研究情報に移ると、筆者は予想している。

 現在、大いなる発展性が期待できそうな産業技術分野に、ナノテク技術がある。

 原子、分子の世界である微視的なナノテク分野のデジタル・シミュレーション技術には、化学反応のビジュアル化が期待される。

 実現されれば、化学業界に革命的変革がもたらされるであろう。

 具体的には、計算機化学技術が発展することになるが、量子力学計算の解析学的な問題も含めて、量子化学計算技術が追いつかない点は、外乱が少なく微量試料による実験が可能なマイクロリアクター実験によるデータと、その蓄積によるデータベースにより補われることになろう。

 いずれにせよ、IT産業のコンテンツの主流が、計算機化学技術となるとき、光・量子化学に基ずく「次世代社会」、即ち、筆者が予てより説く「新化学化社会」※が始まる。

 筆者がもっとも期待する「新化学化」技術は、人工光合成技術である。

 なぜなら、人工光合成技術は、食糧問題も、人口問題も、エネルギー問題も抜本的に解決し得るからである。

[※:参考文献;

 村田逞詮:「インテリジェント化トレンドの産業・技術論的意義 ― 産業・技術メガダイナミズム ―」、理研シンポジウム(バイオプロセスエンジニアリング)講演要旨集(1990.2.2.)、

 村田逞詮:「21世紀に“新化学化社会”を予測するマクロ産業技術論 ― 産業技術ダイナミズムの創出 ―」、化学経済、Vol.39,No.7(1992.6.)、

 村田逞詮:「マクロ文明論 ― 技術と社会の“流れ”の体系化 ― 」、平原社(1995)、

 村田逞詮:「21世紀に生きる日本の価値観  ― “情報化”の先に“新化学化”が見える ―」、近畿化学工業会(2000.11.)、

 村田逞詮:「“情報化”の先に“新化学化”が見える ― 次世代基幹産業の想定 ―、三井造船技報 第178号(創刊50周年記念特集)(2003.2)、等]

[原典:村田逞詮(Toshiaki Murata)、“学際論講義(2006年春季向け)・プロローグ”(2005/11/29執筆)]


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